「菊と刀」に学ぶもの
今本 秀爾
カレル・ヴァン・ウォルフレンの『人間を幸福にしない日本というシステム』をはじめとする辛口の日本人・日本社会批判が、日本の知識人・文化人に大変な反感をもって受け止められている。 だが残念なことに、これは日本の文化層が未だもっていかに自己批判に慣れていないか、批判を受け容れる精神的寛容さや反省的視点が欠如しているかを露呈する証例にもなっている。
元来、日本人や日本文化をめぐる批判的・客観的議論は、丸山真男の言説を代表として数多の文献に示されている。 だが今日の日本人論の源流は、今や古典的傑作として語り継がれ読み継がれているルース・ベネディクトの『菊と刀』(1967年初版)であることには間違いはないであろう。 実際いまさらながら読んでみても、ウォルフレンの指摘を俟つまでもなく、この本ほど日本人の性格ないしは特徴を批判的に如実のまま深く、豊富に洞察し得ている分析はないとでもいってもよいだろう。出版から30年以上経過した今でも、本質的にそこで指摘されている日本人の特徴や日本社会における状況はほとんど変わっていないといえるからである。
そこで、ここではやはり「いまさらながら」とはいえ、こうも変わっていない戦後の日本人的性格ないし社会意識を自分のものとして反省する材料として、この『菊と刀』の要点・示唆的な箇所を以下に引用し、かつそれらに対するコメントを加えることにしたいと思う。( したがって、ここではその総合的・全体的な要約をするのではないことをあらかじめ断っておく)
なお、引用に際しては社会思想社版(教養文庫)、長谷川松治訳 『菊と刀 ――日本文化の型』 初版にもとづき、筆者が一部訳を改訂した。
- 第1章 ・研究課題 ―― 日本
この本は、日本において予期されており、当然のこととみなされている習慣について述べたものである。日本人はどういう場合にひとからお辞儀されるものと期待し、どういう場合に期待できないか、どういう時に恥を感じるか、どういう時に当惑を感じるか、自分自身に対して何を要求するか、ということに関して述べた書物である。(本書22頁より)
私が日本人といっしょに仕事をしていた時に、彼らの使用する語句や観念の多くは最初は不可解に思われたが、やがてそれらは重要な含蓄をもっており、何百年もの歳月を経た感情のこもったものであることがわかってきた。徳と不徳とは西欧人の考えているものとはまるで違ったものであった。その体系はまったく独特のものであった。それは仏教的でもなく、また儒教的でもなかった。それは日本的であった。(26頁より)
- 第2章 ・ 戦争中の日本人
今後も非常に長い間、日本人は必ずその生来の態度の中のあるものを保っていくことであろう。それらの態度のうち、もっとも重要なものの一つは、その階層制度に対する信仰と信頼である。(29頁)
一般人の生活においても、日本の当局者は物質的環境に対する精神の優位を文字どおりに理解していた。例えば国民は工場の24時間労働と終夜の爆撃とで疲労その際に達していた。だが、「われわれのからだがつらければつらいほど、ますますわれわれの意志、われわれの精神は肉体を凌駕する」、「へとへとになればなるほど、よい訓練になる」のであった。国民はまた、冬、火の気のない防空壕の中でぶるぶる震えていた。するとラジオで大日本体育会は、防寒体操をやるように命令した。この体操は暖房設備やふとんの代わりになるばかりでなく、さらに結構なことには、もはや国民の普通の体力を維持してゆくことのできなくなった食糧の代わりにもなる。「現在のような食糧不足な時に、体操をやれなんてとんでもない話だ、という人がむろん必ずあるだろう。だがけっしてそうではない。食糧が不足すれば不足するほど、ますますわれわれは自分の体力を他の方法で向上させねばならない」。つまりわれわれは自分の体力を余分に消費することによって、逆に体力を増進させなければならない」というのである。(31−32頁)
日本人の行動は、ある一つの行動方針にすべてを打ち込んで、しかもそれに失敗したときには、別な方針をとることは当然なことと考えているかのようであった。(51頁)
- 第3章 ・ 「各々其ノ所ヲ得」
日本人もまた、「所を得ること」に対する彼らの信念を表明したのは、自らの社会的体験によって彼らの中に深くしみ込んだ生活原理を根拠にしていたのである。不平等ということが何世紀もの間を通じて、まさにもっとも容易に予言しうる、またもっとも一般に是認されている点における、彼らの組織された生活の規則となってきたのである。階層制度を認める行動は、呼吸することと同じくらいに彼らにとって自然なことである・・・・日本は近年いちじるしく西欧化されたにもかかわらず、依然として貴族主義的な社会である。(57−58頁)
日本では世代と性別と年齢の特権はこのように大きい。しかしながらこれらの特権を行使する人びとは、専横な独裁者としてではなく、重大な責務を委託された人間として行動する・・・・彼は重大な決定を行い、必ずその決定が実行されるように取り計らわねばならない。しかしながら彼は無制限の権力をもっているのではない。彼は一家の名誉を維持するように責任を持って行動するものと期待されている・・・・・そして彼の属する階級が上の階級であればあるだけ、家に対する責任の重さはますます重くなってくる。家の要求が個人の要求に先行する。(66頁)
彼は、それが実際にその集団の中で支配力をふるっている人物であるとなかろうと、とにかく自分よりも上の「ふさわしい位置」を振り当てられている人びとに対しては、あらん限りの敬意を表することを学ぶ。(67頁)
下は賎民から上は天皇にいたるまで、まことに明確に規定された形で実現された封建時代の日本の階層制度が、近代日本の中にも深い痕跡を残している・・・・・そして根強い国民的習性はわずか人間一生にすぎない短い期間内に消えてなくなるものではない・・・・・日本人は他のいかなる主権国にもまして、行動が末の末まで、あたかも地図のように精密にあらかじめ規定されており、めいめいの社会的地位定まっている世界の中で生活するように条件づけられてきた・・・・・彼らは既知の領域に留まっている限り、既知の義務を履行している限り、彼らの世界を信頼することができた・・・人はこの「地図」を信頼した。そしてその「地図」に示されている道をたどる時にのみ安全であった。人はそれを改め、あるいはそれに反抗することにおいてではなくして、それに従うことにおいて勇気を示し、高潔さを示した。そこに明記されている範囲内は、既知の世界であり、したがって、日本人の眼から見れば、信頼しうる世界であった。その規則はモーセの十戒のような抽象的な道徳原理ではなくて、この場合にはどうすべきか、またあの場合にはどうすべきか・・・というようなことをいちいち細かに規定したものであった。(82−84頁)
- 第4章 ・ 明治維新
ただし三つの点だけに関しては、地方行政機関は自治権を与えられていない。すなわち、判事はすべて国から任命され、警察官および教員もすべて国家の使用人である。日本では今でもたいていの民事事件は調停裁判か仲裁人によって片づけられるために、裁判所が地方行政において演ずる役割はほとんど論ずるにたりない。警察官の方がもっと重要である。警察官は集会に臨席せねばならない。しかしこの任務はほんの時たま起こるだけであって、彼らの時間の大部分は、住民の身元ならびに財産に関する記録をつける事務に当てられている。国家は警察官を、その土地とのつながりのない局外者にしておくために、しばしば転任させることがある。学校教員もまた転任させられる。学校は隅から隅まで国家の統制を受けていて、フランスと同じように、日本の学校はどの学校も、同じ教科書の同じ課を同じ日に勉強する。どの学校も朝同じ時間に、同じラジオの伴奏で、同じ体操を行なう。市・町・村は学校と、警察と、裁判所に対しては地方自治権をもたない。(98−99頁)
日本人は過去の体験によって作り上げられ、その倫理体系と礼式の中に形式化されている、古い恭順の慣習を頼りとしている。国家は、「閣下」たちがその「ふさわしい位置」において職分を果たせば、必ず彼の特権が尊重されるものと期待することができる。それは当該の政策が是認されるからではなくて、日本では特権の境界線を踏み越えることはけしからぬこととされているからである。国政の最上層においては「国民の世論」のための位置は与えられていない。政府は単に「国民の支持」を求めるだけである。国家がその権限の領域を地方行政の範囲内に割り込ませる場合にもまた、その支配権はおそれかしこんで受け容れられる・・・・・なおその上に、国家は細心の注意を払って、国民の意志の「ふさわしい位置」を承認するように努める。当然国民の世論が支配すべき領域においては、たとえそれが国民自身の利益になる事柄であっても、日本の政府は極力国民のご機嫌をとるようにして、それを行なわねばならなかった、といっても言いすぎではない。農業振興の任に当たる政府の役人が、旧式の農耕法を改良しようとする時には・・・・できるだけ権威ずくにならぬよう、辞を低くする。政府保証の農業信用組合や、農業購買・販売組合を奨励する政府の役人は、土地の名士と膝を交えて幾度もながながしい小田原評定をしたあげく、結局彼らの決定に従わねばならない。地方に関する事柄は地方で処理せねばならない。日本人の生活様式はそれぞれにふさわしい権威を割り当て、おのおのの権威にふさわしい領域を規定する。日本人の生活様式は「お上」に対して、西欧文化よりもはるかに大きな権威を与えようとする、したがってまたはるかに大きな行動の自由を与えようとするが、しかし「お上」たちもまたその地位を守らねばならない。「すべてのものをあるべき場所に置く」というのが、日本のモットーである。(100−101頁)
このように日本人はたえず階層制度を顧慮しながら、その世界を秩序づけてゆくのである。家庭や、個人間の関係においては、年齢、世代、性別、階級がそれぞれのふさわしい行動を指定する。政治や、宗教教団や、軍隊や、企業においては、それぞれの領域が周到に階層化されていて、上の者も下の者も、自分たちの特権の範囲を越えると必ず罰せられる。「ふさわしい位置」が保たれている限り日本人は不服を言わずにやってゆく。彼らは安全だと感じる。もちろん彼らは、彼らの最大の幸福が保護されているという意味では、「安全」でない場合がしばしばあるが、それでもやはり、階級制度を正当なものとして受け容れてきたという理由で「安全」である。これが日本人の人生観の特徴をなすものであって、それは平等と自由企業に対する信頼がアメリカ人の生活様式の特徴であるのと同様である。(110−111頁)
- 第5章 ・ 過去と世間に負い目を負う者
日本人は先生や師匠に対しても、特殊な恩を感じる。これらはともに、無事世渡りのできるように援助してくれた恩人であるから、将来いつか彼らが困って何か頼みにくれば、その願いを聞きとどけてあげ、また彼らの死後も、その遺児に特に目をかけてあげなければならない。人は義務を支払うためにはどのようなことでもすべきであって、時の経過は負債を減らさない。年とともに減るどころか、かえってふえてゆく。いわば、利子が積もってゆくのである。ある人から恩を受けるということは、重大な事柄である。日本人がよく用いる表現が言い表しているように、「人はとうてい恩の万分の一も返すことはできない」のである。それは非常な重荷である・・・・・このような債務の倫理が円滑に行なわれるためには、各人がそれぞれ自分が負わされている義務を履行するに当たって大した不快を感じることなしに、自分を大きな負い目を負っている者だと考えるようになっていかねばならない。(119頁)
比較的縁の薄い人から、はからずも恩恵を被ることは、日本人のもっとも不快に感じるところである。近隣の人たちとのつきあいや、古くから定まった階層的関係においてならば、日本人は恩を受けることの煩雑さを承服するし、よろこんでその煩雑さを引き受けてきた。ところが相手が単なる知人や、自分とほとんど対等の人間の場合には、心安からず思う。彼らはなるだけ、恩のさまざまな結果に巻き込まれることを避けたいのである。何か事故が起こったときに、日本の街の群集がこぞって傍観しているのは、ただ単に自発性が欠けているからだけではない。それは官吏ではなくて、一般人が勝手に手出しをすれば、その行為を受ける人に恩を着せることになるということを理解しているからである・・・・・そういう場合に、明らかに権限をもたずに他人の手助けをする人間は、なにかうまい汁を吸おうとしているのではないかと疑われる。助けてやれば相手が大いに恩に着ることがわかっている以上、何とかしてこの機会を利用しそうなものであるのにもかかわらず、かえって極力援助を与えないように用心する。とりわけ形式ばらない、何でもない場合に恩に巻き込まれることを、日本人は極度に警戒する。(120頁)
- 第6章 ・ 万分の一の恩返し
日本の初等教育は「ギム教育」と呼ばれているが、これはまさに適切な名称である。この言葉ほど遺憾なく「必修」の意味を表す言葉はほかにないからである。人生の各種の偶発事がある人の「義務」の末端部分に多少の修正を加えることはあっても、「義務」は自動的にすべての人の肩の上にかかってくるものであり、またいっさいの偶発的事情を超越したものである。(135頁)
ある日本人の著者が述べているように、「日本人は、家を非常に尊重するという、まさにその理由によって、家族各々の成員や、成員相互の間の家族的紐帯を、あまり大して尊重しない」。むろんこの言葉はつねにその通りであるとは限らないが、しかし大体の様子を伝えている。力点は義務と負債の返済とに置かれ、年長者は重大な責任を引き受ける。ところが、これらの責任の一つは、目下の者に必要な犠牲を払わせるようにすることである。彼らがその犠牲に不服であっても、大した変わりはない。彼らは年長者の決定に服従せねばならない。さもなければ彼らは「義務」を怠ったことになる。(146頁)
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第7章 ・ 「義理ほどつらいものはない」
農村において、小商店の取引において、上層の財閥の社会において、日本の内閣において、人々は「義理に強いられ」「義理に迫られる」。求婚者が将来自分の義理の父となるべき人に、両家の間の古くからの関係、もうくは取引きを楯にとってそうする場合もある。また、ある人が農家の土地を手に入れるために、これと同じ武器を用いることもある。義理に「迫られた」人間は、どうしてもそれに応じないわけにはゆかないと感じる・・・・・「義理」の規則は、厳密にどうしても果たさなければならない返済の規則である。それはモーセの十戒のような一連の道徳的規則ではない。「義理」に強いられたときには、場合によっては自分の正義感を無視せねばならないこともあると考えられている。日本人はしばしば、「私は義理のために正義を行うことができなかった」と言う・・・・・日本人は、真心から自発的に寛大な行為をすることを要求しない。彼らは、人が「義理」を果たさねばならないのは、「もしそうしなければ、人々から 『義理を知らない人間』と呼ばれ、世間の前で恥をかくことになるからである」と言う。「義理」にどうしても従わねばならないのは、世間の取り沙汰が恐ろしいからである。(163−4頁)
- 第8章 ・「汚名をすすぐ」
名に対する「義理」とは、自分の名声を汚さないようにする義務である・・・・・したがってそれは、「ふさわしい位置」が要求する種々雑多なルールをことごとく守り、苦痛にのぞんで泰然自若とした態度を示し、専門の職業や技能における自己の名声を擁護することを含んでいる。名に対する「義理」は、また誹謗もしくは侮辱を取り除く行為を要求する・誹謗は自分の名誉に暗い影を落とすものであるから、どうしても取り除かなければならない。そのために名誉毀損者に対して復讐せねばならないこともあるし、自殺せねばならないこともある。またこの両極端の中間に、さまざまな可能な行動方針がある。しかしながら日本人は、自分の名誉を傷付ける事柄を、ただ簡単に顔をしかめるだけで放任してはおかない。(168頁)
専門家としての名に対する「義理」は日本では非常にきびしいものであるが、必ずしもそれはアメリカ人が行動の専門的能力として理解しているものによって維持される必要はない。教師は、「教師という名の手前、義理にもそれを知らないとは言えない」と言う。この言葉の意味は、もし彼がカエルが何科に属するかと言うことを知らなくても、知ったふりをせねばならないというのである。もしその教師がわずか数年間学校で教わっただけの知識を頼りに英語を教えているのだとしても、彼は誰かが自分の間違いを訂正しうるということを、認めるわけにはいかない。「教師としての名に対する義理」が指し示すのは、特にこの種の自己防御的態度である。サラリーマンもまたサラリーマンとしての名に対する「義理」から、彼の資産が無一文になって危機に瀕しているとか、彼が自分の会社のために立てた計画がうまくゆかなかったとうことを誰にも悟られてはならない。また外交官は「義理」にも自分の外交方針の失敗を認めるわけにはゆかない。以上の「義理」の用法のすべてに共通して、人間と仕事との極端な同一視がみられる。そしてある人間の行為もしくは能力に対する批判は、自動的にその人自身に対する批判となる。(176−7頁)
・・・・日本ではこの自己防御と言うことが非常に深く根をおろしている。そこで、ある人に面と向かって、彼が職業上の過失を犯したということをあまり言わない様にすることが、一般に行われている礼儀でもあり、また賢明な人のとるべき態度とされている。このような神経過敏さは、他人と競争して負けたときに特に顕著に現れる。それは就職の際に自分以外の人が採用されたとか、まるいはまた当人が競争試験に落第したにすぎないことがある。敗者はそのような失敗が原因で「恥をかく」。そしてこの恥は、発憤の強い刺激剤になる場合もあるが、多くの場合は危険な意気消沈を引き起こす原因となる。彼は自身を失い、憂鬱になるか、腹を立てるかどちらか、あるいは同時にこの両方の状態におちいる。彼の努力は阻害される・・・・彼らはあまりにも鋭敏に、競争を外から自分に加えられる攻撃として感じる。そこで彼らは、彼らが従事している仕事に専念する代わりに、その注意を自分と攻撃者との関係に振り向けるのであった。(177−178頁)
日本人は従来つねに何かしら巧妙な方法を工夫して、極力直接的競争を避けるようにしてきた。日本の小学校では競争の機会を、アメリカ人にはとうてい考えられないほど、最小限にとどめている。日本の教師たちは、生徒はめいめい自分の成績をよくするように教えられねばならない、自分を他の生徒と比較する機会を与えてはならない、という指示を受けている。日本の小学校では、生徒を落第させてもとの学年をもう一度やらせるということはしない。いっしょに入学した生徒は、小学教育の全課程をいっしょに受け、いっしょに卒業していく。成績通知表に示されている小学生の成績順位は、日頃の行いや生活態度を基準とするものであって、学業成績によるものではない。中学校の入学試験の場合のように、どうしても本当の競争状態が避けられない時には、子供たちの緊張ぶりはむろん非常なものである。どの教師も不合格になったことを知って自殺を企てる少年の話を知っている。この直接的競争を最小限にとどめる努力は、日本人の生活のあらゆる面に行きわたっている。(179−180頁)
それぞれの階級の遵守すべき規則を細かに定めている日本の階層制度全体が、直接的競争を最小限度に抑制している・・・・どんなところにも姿をあらわす仲介者の制度は、日本人が互いに競争しあう二人の人間が直接顔を合わせることを防ぐ代表的な方法の一つである。もし失敗すれば恥を感じるような場合にはいつでも中間者が必要とされる。したがって仲介者は、縁談、求職、退職、無数の日常的事務の取り決めなど、あらゆる場合に斡旋の任に当たる。この仲介者が当事者の双方に相手の意向を伝える。あるいはまた、結婚のような重要な取引においては、双方ともそれぞれ自分の側の仲介者を頼む。そして仲介者同士で細かな折衝をすませてから、それぞれ自分の側に報告する。このように間接的に取引を行うことによって当事者は、もし直接に話し合えば、名に対する「義理」の手前、どうしても腹を立てずにはいられないような要求や非難を知らずにすむ・・・・(以下略)。(180頁)
恥を引き起こし、名に対する「義理」が問題となるような事態を避けるために、あらゆる種類のルールが組み立てられている。このように最小限に食い止められているこれらの事態は、単に直接的競争の場合だけではなく、それよりもはるかに広範囲に及んでいる・・・・日本人のルールはまた、どんな計画でも成功が確実になるまでは、できるだけ他人に気づかれないようにすることを要求する。(181−2頁)
日本人は、人は自分で辱められたと考えるのでなければ辱められるということはありえないこと、また人を汚辱するのは「当人から出てくるもの」だけであって、他人がその人に向かって言ったり行なったりすることではない、ということを教える倫理をもち合わせていない。(188頁)
日本人は失敗や誹謗中傷のために傷つきやすく、したがってあまりにも容易に、他人を悩ます代わりに自分自身を悩ましがちである・・・・・日々の生活に倦怠し、家庭に倦怠し、都会に倦怠し、田舎に倦怠している・・・・このような日本人特有の倦怠とは、過度に傷つきやすい国民の病気である。彼らは排斥の恐怖にさいなまれ、その恐怖に妨げられて手も足も出なくなる。(191頁)
現代の日本人が自分自身に対して行なうもっとも極端な攻撃的行為は自殺である。(192頁)
・・・・多くの日本人は何事によらず相手任せの態度を取ることが目的達成のもっとも安全な道であると考えている。こういう考え方によって、何をしてみたところでどうせだめなんだから、しばらく足踏みして形勢を傍観するほうがましだ、という考えに移行するのはしごく容易なことである。無気力は広がってゆく。(197−8頁)
日本人の恒久不変の目標は名誉である。他人の尊敬を集めるということが必要不可欠な条件となる。その目的のために用いられる手段は、その場の状況の命じるままに、取り上げかつ捨て去るべき手段である。事態が急変すれば、日本人は態度を一変し、新しい進路に向かって歩み出すことができる。(198頁)
日本人からみれば、自分の属している世界で尊敬されれば、それでもう十分な報いである。そして「義理を知らぬ人間」は今もなお、「見下げ果てた人間」とされる。彼は仲間からさげすまれ、つまはじきにされるのである。(203頁)
- 第9章 ・ 「人情の世界」
日本人は自己の欲望を満たすことを罪悪とは考えない・・・・彼らは肉体的快楽をよいもの、涵養に値するものと考えている。快楽は追求され尊重される。しかしながら、快楽は一定の限界内にとどめておかなければならない。快楽は人生の重大な事柄の領域に新入してはならない。このような道徳律は生活をいちじるしく緊張した状態におく・・・・日本では快楽は、義務と同じように学ばれる・・・・日本人は肉体的快楽をわざわざ涵養しておきながら、そのあとでせっかくこうして涵養した快楽を、厳粛な生活様式としてはそれに耽ってはならないものとして禁止する道徳律を設けることによって、人生を困難なものにしている。(204−5頁)
ロマンチックな恋愛もまた、日本人の涵養する「人情」である。それは日本人の結婚形態と家族に対する義務とに反するものであるにもかかわらず、完全に日本人のものになりきっている。日本の小説はそれを取り扱うものが多く、フランス文学の場合と同じく、主要人物は既婚者である。情死は日本人が好んで読み、また好んで話題に登場させるテーマである。(211頁)
日本人は終始、徳とはすなわち悪と戦うことであるということを、きわめて明瞭に否定してきた。(219頁)
自分の幸福の追求を人生の重大な目標とする思想は、日本人にとっては意外な、かつ不道徳な教説である。幸福は個人がそれに耽溺できるときには、耽溺できる気晴らしであるが、それにもったいをつけて、国家や家庭を幸福という基準によって判断しようなどということは、まったく考えられないことである。(221頁)
- 第10章 ・ 「徳のジレンマ」
「自分の気持ちを口外すること」は恥である。それは自分を「さらけ出す」ことになるからである。(248頁)
日本人が「誠実」という語を用いる場合の根本的な意味は、日本の道徳律および「日本的精神」によって地図の上に描き出された「道理」に従う熱意という意味である。(250頁)
日本人が彼らの道徳律にどんな修正を加えようと努力したにせよ、それは依然として原子論的(アトミステイック)であり、徳の原理は依然としてそれ自体においては善である。ある行動と、これもまたそれ自体善である他の行動とのバランスを保つことである。(252頁)
日本では「自らを重んずる」ということは、つねに自らが注意深い競技者であることを示すことである。それは英語の用語法のように、他人にこびへつらわないとか、嘘をつかないとか、偽りの証言をしていないかという、何かある立派な行為の規準に意識的にしたがうことではない。日本では「自重」というのは文字どおりには「重々しい自我」ということであって、その反対は「軽薄な自我」である。「あなたは自重しなければならない」というのは、「あなたはぬかりなくその事態に含まれているあらゆる因子を考慮し、けっして人から非難されたり、成功のチャンスを失わせたりしてはならない」という意味である・・・・・被雇用者が「私は自重せねばならない」というのは、自分の権利を主張せねばならないという意味ではなく、雇い主に対して困るようなことを言ってはならないという意味である。(253頁)
社会的地位の高い人間は、「私の自尊心がこれこれのことを要求する」と言うが、それは正直とか清廉潔白といった一定の道徳的原理に従って行動するべきだ、という意味ではなくて、自分の地位を十分考慮しつつその事柄を処理せねばならないということ、その事柄の中に自分自身の地位の重みをことごとく投げ入れなければならない、ということを意味する。(254頁)
このように、慎重さと自重とをまったく同一視するということの中には、他人の行動の中に看取されるあらゆる暗示に油断なく心を配ること、および他人が自分の行動を批判するということを強く意識することが含まれている。彼らは「世間がうるさいから自重せねばならない」とか、「もし世間というものがなければ、自重しなくてもよいのだが」などと言う。こういう表現は、自重が外面的強制力にもとづくことを述べた、極端な言い方である。正しい行動の内面的強制力を全然考慮の中に置いていない表現である。(256頁)
恥が強制力となっているところにおいては、たとえ相手が懺悔を受け容れる神父や牧師であっても、自分の過ちを告白したところでいっこうに気が楽にはならない。それどころか逆に、悪い行いが「世間の前に露見」しないかぎり、思い煩う必要はないのであって、告白はかえって自ら苦労を求めることになると考えられている。(257頁)
日本人の生活において恥が最高の地位を占めているということは、恥を深刻に感じる部族または国民のすべてがそうであるように、各人が自分の行動に対する世間の評判に気を配るということを意味する。彼はただ他人がどういう判断を下すであろうか、ということを推測しさえすればよいのであって、その他人の判断を基準にして自分の行動方針を定める。皆が同じ規則にしたがってゲームを行ない、お互いに支持しあっているときには、日本人は快活にやすやすと行動することができる・・・・・彼らがもっとも手痛い心の痛手を受けるのは、彼らの徳を日本特有の善行のルールがそのまま通用しない外国に輸出しようと試みるときである。(259頁)
- 第11章 ・「修養」
・・・・このような考え方は、日本人が自己監視と自己制御とをいかに重圧と感じているかを雄弁に物語っている・・・・先に述べたように、日本人の文化は日本人の心に、慎重に行動せねばならないということをたえず口やかましく説き聞かせる。ところで日本人はこれに対して、そういう重荷をかなぐり捨てたところに、いっそう有効な働きをなしうる人間意識の平面がある、と宣言することによって対抗してきたのである。日本人がこの信条を表明しているもっとも極端な表現は・・・・・「死んだつもりになって」という表現であって、彼らは「死んだつもりになって生きる」人間を非常に高く評価する。この表現を文字どおりに西欧語に翻訳すれば「生ける屍」というところであろうが、西欧語ではどこの国の言語でも、この「生ける屍」という言葉は嫌悪の表現である・・・・ところが日本人は、「死んだつもりになって生きる」という表現を、「成熟」したレベルで「生きる」という意味で用いる。中学校の卒業試験を苦に病んでいる少年を激励する際に、人はよく「死んだつもりになって受けてごらん、楽々と合格するよ」と言う。重大な商売取引きを行なっている人間を激励する場合にも、よくその人の友人が「死んだつもりになってやりたまえ」と言う。重大な精神的危機に遭遇し、これから先いったいどうしたらよいのか、見当のつかないような羽目におちいったときにも、人は「死んだつもりになって」生きる決心をしてその窮地から脱出するのが常である。(288−9頁)
- 第12章 ・「子供は学ぶ」
日本の生活曲線は、アメリカの生活曲線とちょうど逆になっている。それは大きな底の浅いU字型曲線であって、赤ん坊と老人とに最大の自由とわがままとが許されている。幼児期を過ぎるとともに徐々に拘束が増していき、ちょうど結婚前後の時期に自分がしたい放題のことをする自由は最低線に達する。この最低線は壮年期を通じて何十年もの間継続するが、曲線はその後再び次第に上昇していき、六十歳を過ぎると、人は幼児とほとんど同じように、恥や外聞にわずらわされないようになる・・・・・アメリカでは人は文化に参加する道を確保するためには、壮年期に個人の選択の自由を増大させることが肝要であると考えている。ところが日本人は、個人に加えられる束縛を最大限にさせることが必要であると考えている。この時期に人間は、その体力も金もうけをする能力も頂点に達するという事実があるにもかかわらず、彼は自分の生活を自分の好きなようにして過ごす権利を認められない。彼らは束縛こそが絶好の精神的訓練であり、自由によっては達成することのできない結果を生み出すものだと固く信じているのである。(294頁)
このように子供に対して真に寛容な国民は、子供をほしがる傾向が非常に強い。日本人がまさしくそのとおりである。
(294頁)
「負けるが勝ち」という論理は、大人になってからのちも、日本人の生活において大いに尊重される論理である。
(308頁)
子供は何でも言いたい放題のことが言える。大きくなってゆくにつれ、彼らは自分の言いたいことを言うことが許されないということを知る。そうなると、彼らは人から尋ねられるまでは、自分の意見を述べることは差し控え、またもう自慢はしなくなる。(313−4頁)
多くの日本人は、彼らが間違いをしてかした時に、最初に彼らを馬鹿にしたのは学校の友達であって、先生や両親ではなかった、と言っている。事実、この時期における年長者の仕事は、みずから子供に対して嘲笑を浴びせかけることではなく、人から嘲笑を蒙るという事実と、世間に対する「義理」にしたがって行動せねばならないという道徳的教訓とを、徐々に結びつけてゆくことである・・・・・年長者は子供に向かって、「これこれのことをすれば、世間の人の笑い者になる」と言い聞かせる。基礎っくはここ独立し、それぞれの場合に応じて定められている。しかもその多くは、われわれにはエチケットと呼ぶ事柄に属するものである。これらの規則は、その人自身の意志を、しだいに増してゆく隣人、家族ならびに国家に対する義務に服従させようとすることを要求する。子供は自分をセーブしなければならない。彼は自分が債務を担っていることを認めねばならない。彼は徐々に、もしも負債を返そうと思うのであれば、用心深く世を渡らなければならない債務者の地位に移ってゆくのである。(315−6頁)
大家族制、もしくはその他の部分的社会集団が活動している社会の大多数においては、ある集団の一人が、他の集団の成員から非難や攻撃を受けた場合には、その集団は一致団結して保護に当たるのが常である・・・・・ところが日本ではちょうどその逆になっているように思われる。すなわち、自己の集団の支持を得ることができるという確信をもてるのは、他の集団から是認が与えられている間にかぎられるのであって、もし外部の人々が不可とし、非難したならば、当人が他の集団にその非難を撤回させることができるまでは、あるいは撤回させることができないかぎりは、彼の属する集団は彼に背を向け、彼に懲罰を加える。こういう仕組みになっているために、『外部の世間』の是認ということが、おそらく他のいかなる社会においても比類を見ないほどの重要性を帯びているのである。(317−8頁)
中学校の上級生は下級生をあごで使い、手を変え品を変えていじめる。彼らは下級生に馬鹿馬鹿しい、屈辱的な芸当をさせる。こういう目にあった下級生は、十中八九まで非常な恨みを抱くようになる。日本の少年はそのような事柄をけっして面白半分の気持ちで受け取らない。上級生の前で四つん這いをさせられたり、卑しい使い走りをさせられたりした下級生は、自分をいじめた相手に対して憎しみを抱き、復讐を計画する。即座に仕返しをすることができないだけに、なおさら復讐に熱中する・・・・・時には家庭的な縁故を利用して、何年も経った後に、自分をいじめた相手が、折角ありついている職から解雇されるように仕向ける場合もある・・・・・がしかし、」ともかくもいつかは仕返しをするのでなければ、「何かまだ仕残したことがある感じ」がする。そしてこの感じこそ、日本人の意趣返しの核心をなすものである。
(319−320頁)
近代日本の中学や軍隊においてみられるこれらの事態が、このような性格を帯びるのは、嘲笑や侮辱に関する古くからの日本の習慣に起因するものであることは、言うまでもない。中学ならびに高校などの学校および軍隊が、そういう事態に対する日本人の反応を初めて創り出したのではない。日本では伝統的な名に対する「義理」のルールが、目下の者をいじめる習慣を、アメリカよりもはるかにはなはだしい苦痛を与えるものにしているということは、容易に理解しうるところである。さらに、先輩にいじめられる集団は、やがて順送りに次の被害者の集団に虐待を加えるようになるのであるが、それにもかかわらずなお、いじめられた少年は、何とかして自分を実際にいじめた当人に仕返しをしようとして一心になるということもまた、古くからのパターンに一致している。(322頁)
日本を再建するに当たって、自国の将来を重んじる指導者たちはぜひとみ、青年期の終わりに過ごす学校や軍隊における虐待と、少年たちに馬鹿げた芸当をさせる習慣とに、特別な注意を払うべきである・・・・・もし学校においても軍隊においても、犬のようにしっぽを振らせたり、セミの真似をさせたり、他の者が食事をしている間中逆立ちをさせたりすれば、必ず処罰するということにすれば、それは天皇の神性の否定や、教科書から国家主義的な内容を除去することよりも、日本の再教育という点で、さらにいっそう効果のある変化をもたらすことであろう。(322−3頁)
こういう幼児期の経験が、「世間の人々」に笑われ、見捨てられるぞと言い聞かされる時に、子供が自分に課せられたはなはだしい拘束を甘んじて受け容れる素地を作る。彼は幼い頃にはあれほど遠慮なく表に現わしていた衝動を抑えつけるが、それはそれらの衝動がよくないからではなくて、今はもう不適当になったからである。彼は今や、真剣な生活に足を踏み入れつつあるのだ。しだいに幼児期の特権が否認されてゆくにつれて、彼は段々と大人の楽しみを許されるようになる。だがしかし、あの幼児期の経験はけっして本当に消えてなくなるものではない。彼の人生哲学において、彼はそれらの経験を大いに頼りとする。彼が「人情」を是認する態度を取るのは、とりもなおさず幼児期の経験が復帰するからである。(331−2頁)
また実際、日本社会の中では、私生活の秘密を守ることはほとんど不可能であるために、「世間」が彼のすること為すことをほとんど逐一知っており、もし不可と認められれば彼を排斥する可能性があるということは、けっして妄想ではない。(334頁)
しかしながら日本人は、自らに多大の要求を課する。世間から仲間外れにされ、誹謗中傷を受けるという大きな脅威を避けるために、彼らはせっかく味を覚えた個人的な楽しみを捨てなければならない。彼らは人生の重大事においては個人的な衝動を抑えなければならない。このような型に反するごく少数の人々は、自らに対する尊敬の念すら喪失するという危険におちいる。自らを尊重する(自重する)人間は、「善」か「悪」かではなくて、「期待どおりの人間」になるか 「期待外れの人間」になるか、ということを目安としてその進路を定め、世間一般の「期待」に沿うために、自己の個人的要求を捨てる。こういう人たちこそ、「恥を知り」無限に慎重な、立派な人間である。こういう人たちこそ、自分の家に、自分の村に、また自分の国に名誉をもたらす人々である・・・・しかしながら、このような緊張は個人においては重い負担である。人はしくじりをしないように、また多大の自己犠牲を忍んで行なう一連の行為において、誰からも自分の行いをけなされないように、気を配らなければならない。時には、こらえにこらえた鬱憤を爆発させ、極度に攻撃的な行動をする場合もある。彼らがそのような攻撃的態度に駆り立てられるのは、アメリカ人のように自分の主義主張や自由が脅かされた時ではなくて、侮辱、もしくは誹謗中傷されたと認めたときである。その時、彼らの危険な自我は、もし可能ならばその誹謗者に向かって、そうでなければ自分自身に向かって爆発する。日本人は自分たちの生活様式のために高い代価を支払ってきた。彼らは、アメリカ人が呼吸する空気と同じようにまったく当然なこととして頼りきっている単純な自由を自ら拒否してきた。(340−341頁)
- 第13章 ・ 「降伏後の日本人」
日本人は・・・・・私利私欲や不正に対しては反抗するが、けっして革命家にはならない。彼らは自分たちの組織をずたずたに引き裂こうとはしない。(350頁)
日本人の辞書では、ある個人もしくは国家が、他の個人もしくは国家に辱めを与えるのは、誹謗や、嘲笑や、侮辱や、軽蔑や、不名誉のレッテルを押しつけることによってである。(356頁)
アメリカにできないことは、そしていかなる他の外部の国にもできないことは、命令によって自由な民主主義的な日本を創り出すことである・・・・法律の力によって、日本人に、選挙によって選ばれた人たちの権威を承認させ、彼らの階層制度において定められているとおりの「ふさわしい位置」を無視させることはできない。法律の力によって彼らに・・・・遠慮なく打ち解けて人と接する態度、どうしても自由と独立を要求せずにはいられない気持ち、各自がそれぞれもっている、自分自身で自分の友達、職業、住まい、自分の引き受ける義務を選択する情熱を認めさせることはできない。
(365頁)
それというのも、日本では社会的圧力が、たとえ日本人が自ら進んでそれを甘受するにしたところで、個人にあまりにも多くの犠牲を要求するからである。それは彼に、感情を隠し、欲望を捨て、家族、団体、もしくは国民の代表として世間の批判の前に立つことを要求する・・・・しかしながら、彼らに課せられる負担ははなはだしく重い。彼らは過度の抑制をせねばならず、したがってとうてい自己の幸福を得ることはできない。彼らは思い切って、彼らの心にそれほど多くの犠牲を要求しない生活にはいってゆく勇気をもたず、軍国主義者たちに導かれて、次から次へとはてしなく犠牲の積み重なってゆく道をたどってきた。そのように高価な代価を支払ったので、彼らは独りよがりになり、比較的寛容な倫理をもった人々を蔑視してきたのである。(366頁)
<コメントと要約>
第1章では、日本人の行動様式なり生活習慣が「日本人固有」のものであることが強調されていることに注目したい。第2章は西欧の物質主義(的市場資本主義)に対する裏返しとしての戦時中の日本人の「精神優位主義」を分析したものであるが、これは一部の軍部による国民鼓舞の狂気に満ちたイデオロギーと化したというのみならず、現在でも未だ数多くの企業や学校などの組織において、一種の精神的修練のような規律や行事となって残されつづけており、またそれらを未だに有意義なものとして奨励する当事者が多いということに反映されつづけている事実である。「日の丸、君が代」の法制化問題は、政府与党が未だその精神主義的イデオロギーを放棄していず、逆に正当なものとして奨励させているその一端である。これはまた第4章で指摘されているラジオ体操、朝礼、教科書指導要領、運動会といった教育方針になって反映されている。
第3章では、日本人の組織主義や権威主義、階層主義((年功序列主義)といった性格がものの見事に指摘されている。会社組織におけるサラリーマンの上下関係の実態をとらえるだけでも、「己の本分をわきまえる」ことを未だに最大の美徳の一つとしてする日本人の悪しき価値観が未だ健在であることが手に取るようにわかるであろう。第4章は未だなお変わらない、地方自治や政府の政策の悪しき側面がズバリ暴露されているのは驚くべきとしかいいようがない。3−4章の著者の指摘は、既存の組織の中で安穏とした地位を得ることを第一と考える日本人の典型的な生活態度である。日本を一度も訪れたことのない外国人の学者に、ここまでズバリ書かれてはさすがに笑えないところがあろう。
第5章からは、いよいよ日本人の伝統的な道徳的観念が分析される。最初は「恩」の概念であるが、これは最近はかなり薄れてきた観念ないし価値観として、以前ほど強固な道徳観とはいえなくなった面もある。ただ筆者が指摘している依然変わらない問題は、「恩」や「義理」が個人の良心的呵責として感じられるのではなく、組織において周囲からみえない圧力として「強制的にそれ相応の応答を余儀なくされる」という面である。 いわば「恩」や「義理」は個人がいやいや引き受けざるをえない債務履行の原理として機能するということである。これと並行して、タテ割社会すなわち根強い階層社会に対する指摘が強調されている。上司に逆らえないで「おのれの本分を守らねばならない」部下の立場、 「義理」のためには「正義」をも否定せねばならないという、矛盾した相対主義的な倫理観が第6・7章を通じて見事に言い当てられている。
なかでも第8章は圧巻である。ここでさまざまな事例を用いて総合的に説明されている「義理」とは、現代語でいえば「体面」「面目」「体裁」という語に近いが、恥をかかず体面を保つために、日本人はあらゆる策を講じて自己防御にかかるという姑息さの分析が見事である。筆者が分析するこの自己防御は、災いを避けるために仲介人を立てて相手と臨む習慣や、失敗を極度に恐れ、自分の計画や事の真相を秘密にするという傾向、誹謗中傷により自殺を余儀なくされるするといったように、まさに現代の管理社会でもリアルに生き続けている組織の病理である。さらに日本人の本質を支える「名誉」欲や、変わり身の速さについても具体的な指摘がなされている。
第9章では、日本人の睡眠好き、風呂好き、食い気好き、情欲好きのことが挙げられている。ここでの描写は60年代の風俗としてやや現在の日本には当てはまらない指摘も多々みられるものの、引用箇所は、「援助交際」「失楽園ブーム」といった90年代を代表する流行すら、日本人の伝統的な気質として見事に言い当てているような部分といえる。
第10章以降では、いよいよ「恥の文化」の総合的描写と分析がなされる。「世間」という目に束縛され自由を「自重」する個人のありさま、世間の無数にある厳格なルールを慎重に用心深くつなわたりして生きなければならない日本人の様子が性格に分析されるとともに、それらの原因が幼児期以降の親による修練や学校教育環境によって徹底的に個人に対して経験として与えられることにも言及している。世間から、周りから仲間外れにされることへの恐怖心が、日本人に積極的で自発的な行動を抑止している真の原因であるというのが筆者の主張の核心であるが、そこから日本人特有の
「誹謗中傷」「復讐」「嘲笑や侮辱」という態度が関連づけてられいることにもまたわれわれは注目すべきであろう。 それは欧米諸国と違って、日本では大人になればなるほど激しく個人に対して抑圧的になってのしかかる重荷になっていくのである。
筆者は、ここで日本人がこのような「世間」による個人への過度な抑圧と債務要求から脱出するきっかけとして、寛容な倫理的態度と自己責任という共通感覚をあげているように思える。しかも筆者は、戦後の日本人にそれらの態度の習得が可能であると、期待を込めて語っているのである。
以上、上記で引用してきた文章すべての内容が、インターネット社会と世紀末を迎えた90年代でもなお変わらず存在しつづけている日本人の非リベラル、不寛容性の文化を象徴しているような生活意識なり行動様式から出ていることは疑う余地がない。 それは日本人固有の特徴であり、しかも寛容と柔軟性、開かれた公正で自由かつ平等な個人を基盤とした地球的規模の交流が促進されつつあるグローバル・ネットワーク社会においては、もっとも障害となる悪しき日本人的特性であり、デメリットである。いまさらそれを「日本人固有の文化だからいいんだ」として正当化してみても、それはだだをこねる子供のように幼稚な言動としてしか世界には相手にされないだろう。 少なくとも、以上の特徴に描写されている内容は、日本人自らが早急に克服すべき最重要課題である以外の何ものでもない。経済、政治、社会が自由化し、ボーダレス化していくのに比例して、個人はこうした旧態依然の日本人的生活習慣に矛盾を感じ、内なる葛藤にますますさいなまれる。今日では世界的に有名になっている、日本的組織内におけるストレスからの過労死や、組織における責任者の自殺はそうしたことのひとつの兆候である。こうした幼稚な心理への固執が招く悲劇が、何百年も何千年も繰り返し繰り返されている。
しかし自分の身に災いが降り掛からないかぎりそれは他人事として、未だに勇気をもって、それらの生活習慣を刷新しようとする動きは、残念ながら日本人のどの組織にもはっきりと現れていない。ただ個人が真の意味で精神的に自由になり、自発的に動けない限り、あらゆる生活や社会の動きは停滞しつづけ、没落していくのは必至である。このまま日本人は意のままに流され、没落に身を任せていくだけなのか否かという瀬戸際に来ているのが現在である。ウォルフレン氏の警告はその歯痒い日本人に対するほんの一喝であるにすぎない。にもかかわらず、日本人は自分のことを批判されると、内政干渉だとか西洋人にはわからない、といって自己をひたすら擁護し正当化しようとする傾向が未だ大勢を保っている。こんなことでは、ますます反省なき懲りない面々として日本人は、世界中の笑い者にされつづけ、嘲笑を浴びせられつづけたまま 「天皇陛下ばんざい!」といって自滅していくのは目にみえている。 少なくとも賢明な日本人は
そうした自己弁明をしつづける日本人たちに愛想をつかして、さっさとこの救いなき社会を見捨てて海外へ脱出するであろう。そして海外で、没落する旧態依然の日本人の権力者たちの哀れな顛末を笑いながら見守ることであろう。
ならば、もし日本人のこの変わらない生活意識や行動習慣を変えるとすれば、どのように変えればよいか?リベラルな開かれた社会を実現するに当たっては、上記の引用箇所においてベネディクトが指摘・分析した日本人の特徴と逆ないしは正反対の特徴をわれわれが持てるようになればいい、というだけの話である。たとえば、以下にそれを列挙してみる:
(1) 自分自身に無理せず、正直に生きる。不合理かつ不当なルールや強制をしない、受けない、設けない。また感謝や喜びの気持ちを正直に相手に伝える。義理立てや形だけの礼儀はいっさいしない、させない。つねに本心から自分の信念と意志を貫くことができるように振る舞う。
(2) 組織において上下関係を正当化しない、築かない、ルール化しない。また年長者や上司、リーダーは自分と異なった意見をもつ個人を排除せず、対等な立場で逆に進んで耳を傾けようと努力する。
(3) 上下関係を意識しない、負い目を負わない、たえず遠慮しない。正しいことは正しい、間違っていることは誰が相手であろうと間違っていると正論を主張でき、相手もまた喜んでそれに耳を傾けるようにする。
(4) 損得勘定だけで行動しない。相手の立場や気持ちを最優先して想定し、臨機応変に対処できるようにする。
(5) 感情的にならず、体面を保つことにこだわらず、相手への誹謗中傷を言わない。 ただし言いたいことはがまんせず堂々と根拠をあげて主張する。
(6) 問題が起きた場合に、相手任せにしたり責任転嫁をせず、また人を介することなく、ストレートに自分の気持ちを相手に伝えられるようにする。また各自が自分の責任を他人に強制することなく、自分で引き受ける。ただし不当な理由で一方的に自分が責めを負うことは避ける。責任の所在を合理的な議論をつうじて公平に裁定する。
(7) 「おのれの本分をわきまえよ」といった抑圧的な迷信を捨てる。 人間は誰しも無限の発展可能性と創造性を秘めている。したがって、慣習的・伝統的な業界ルールや不文律、生活態度にとらわれず、各自が自分の考えや態度にもとづいて自主的に自由に動けるようにする。
(8) 人間は誰しも失敗する存在である。したがって失敗に寛容な環境をつくる。失敗したこと自体をとがめるのではなく失敗した際にどのように処理するべきかを考える。
(9) 会社の上司(学校の先生)は勤務態度や人柄で部下(生徒)を評価するのではなく、公平な競争による成績にもとづく客観的基準によって評価できるようにする。
(10) あらゆる計画やプランを公開し、審議にかける。 隠し立てはいっさいしない。
(11) 一つの業界や組織の内部で名誉や名声を得ることに執着せず、多方面の世界と関わろうとし、そこで自分のあらゆる可能性を試してみよう努力する。
(12) 自分の信念を最後まで首尾一貫して貫き通すだけの勇気と意志と行動力をもつ。 他人がどうであろうが、俺は俺の道を行くのだ、という発想を尊重し、高く評価する。
(13) 「世間」の目や周囲の評判、自己評価をものともせず、自分の信念や意志をもっとも尊重し、他人についても同様の態度をとる。
(14) 幼児期から、子供に対する寛容な自主独立した教育を心掛けるとともに、自己責任を習得させる。
[ おわり ]
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